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法的観点からみるパワハラのリスク管理[1]

 第 1 回 パワハラとは 2009年10月1日

 多義的に用いられている「パワハラ」の概念を整理し、本講の対象を明らかにします。


1 「パワハラ」という用語について
 「パワハラ」という概念は、現在、法律上、定義づけがなされていません。つまり、これは法律用語ではなく、以前から存在していた「上司が職制上有する権限・権力などのパワーを利用して行ういじめ」などの事象をわかりやすく表現した造語に過ぎません。なお、この造語の親戚筋にあたる用語には、「アカハラ」などがあります。
 従って、「『パワハラ』に該当するかどうか」という問題の建て方は無意味であり、「違法なパワハラとは何か」、「服務規律上禁止すべき行為は何か」という問題の建て方が必要です。

2 違法なパワハラについて
 「違法」という用語から推測出来るように、「違法なパワハラ」とは、行為者が民法709条に規定されている「不法行為に基づく損害賠償義務」を負うような行為を指します。そして、行為者がこのような意味における違法なパワハラを行った場合、かかる行為は通常は会社の業務に関連して行われますので、会社も損害賠償責任を負うことになります(民法715条の使用者責任に基づく損害賠償)。
 民法709条の不法行為責任が成立するためには、①故意又は過失に基づき、②違法に他人の権利や利益を侵害し、③それによって(因果関係)、④他人に損害を与えることが必要です。民法715条の使用者責任が成立するためには、上記不法行為責任の要件+⑤会社の業務に関連してなされたこと、⑥会社が当該加害者の選任や監督に相当の注意を尽くしていないことが必要です。
 そして、「違法なパワハラか否か」を判断する際のポイントは、②の「違法に他人の権利や法益を侵害した」といえるか。すなわち、当該行為に違法性があるか否かという点です。

3 「違法性」の判断基準について
 一般的に、違法性の有無は、「侵害された利益の種類」と「侵害行為の態様(動機・故意・過失などの主観的な要素も考慮対象にするとされています)」をそれぞれ考慮して判断するとされています。

4 違法なパワハラの具体的な行為態様
 ① 法的に違法と評価される行為について、3で述べた違法性の判断基準に沿って、もう少し具体的に見てみますと、
  ⅰ 行為態様(但し、現実の事象は、以下の類型が混在しています)
   ア 部下に対する指導
   イ 上司・同僚等からの暴力
   ウ 上司・同僚等からの暴言
   エ リストラ目的の退職強要、配置転換など
   オ 組合活動を嫌悪してなされる配置転換、暴力、暴言など
  ⅱ 侵害利益
   ア 自殺
   イ うつ病発症
   ウ 名誉毀損、名誉感情の侵害
  などです。
 ② ①の行為態様のうち、実際の職場においてもっとも悩ましい問題は、アの「部下に対する指導」が「違法」と評価される基準だと思います。
 言葉の持つ意味合いが曖昧なまま、「パワハラ」というインパクトのある概念が一人歩きした結果、職場では、「自分の言動は、パワハラにあたるのではないか?」など疑心暗鬼に陥り、その結果、部下への指導にためらいが生じているのではないでしょうか。
 そこで、法的に部下に対する指導が違法と評価される場合がどのような場合か、確認する必要があります。これについては、これまでの裁判例を概観することで、ある程度確認することが出来ると思います。
 なお、「部下に対する指導」と言っても、ア 指導が熱心なあまりついつい言い過ぎてしまったというケースのみならず、イ 「指導」は体裁だけで、実のところは退職強要目的であったり、私憤をはらす目的であったりするケースもあります。そして、このような目的・動機の違いは、3で説明しました違法性の判断基準のうちの「行為態様」に関連します。従って、実際の目的や動機がどこにあるのかの見極めも重要です。

5 労災認定におけるパワハラについて
 裁判例の他に、労災の認定基準(心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針 平成21年4月6日 基発第0406001号)も参考になります。
 従業員が死亡あるいは疾病に罹患した場合、それが業務に起因していると判断されると、当該労働者に対して労災保険給付がなされることになるのですが、業務上・外の判断(業務起因性の有無の判断のこと)を公平、迅速、適正に実施するため、行政機関は一定の基準を作成し、この基準に基づいて判断をしています。ここで言っている業務上・外、業務起因性の有無とは、大まかに言えば、業務と疾病との間の因果関係の有無のことです。
 上記認定基準は、医療の専門家の知見を得て作成されていますので、これを参照することで、「一般的に、どのような状況で、どの程度の言動を行えば、精神障害を発症するとされているのか」を知ることが出来ます。
 また、労災で「業務上」の認定がなされた場合、その後、会社が民事裁判で訴えられるケースが非常に多いです。従って、そのような意味においても重要です。

6 服務規程で禁止するパワハラとの関連について
 これまで述べた「違法なパワハラ」や「労災認定におけるパワハラ」は、違法と言えるか、業務外と言えるかという、いわば、ぎりぎりのラインを確認するものでした。
 しかし、コンプライアンスが強く求められる現代においては、このようなぎりぎりを守るだけでは十分とは言えません。そこで、もう少し幅を持たせて、厳密に考えれば法的に違法と評価されるものでなくとも、従業員がその能力を発揮する職場の環境としてふさわしくないと思われる言動を服務規程を通じて禁止することも必要です。
 法的に違法なラインを知ることにより、服務規程に違反する行為を行った従業員に対して処分をする際に、どの程度の処分が妥当かを判断する目安になると考えます。
                                                 以 上

執筆者

富小路法律事務所 弁護士 中尾 貴則
同志社大学法学部卒業後、翌年、司法試験合格。大阪弁護士会に登録。法人企業(大企業、中小企業)に対する企業間の取引や、消費者からのクレームにまつわるトラブル、従業員とのトラブルについての相談、契約書作成・確認などの業務を行う。
2007年、富小路法律事務所設立。現在に至る。 2008年に「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」、「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」をメンタルグロウと共催。著作としては、労働審判法(共著)、知的財産契約の理論と実務(共著)。

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