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法的観点からみるパワハラのリスク管理[2]

 第 2 回 部下に対する指導方法が問題になった裁判例 2010年4月1日

 第1回で指摘したように、現場では、「部下に対する指導が『違法』とされるのは、どのような場合か」という点が最も悩ましいところです。そこで、この点について判断している裁判例を何回かに分けて紹介し、最後に違法になる場合のポイントを示したいと思います。


1 口頭で注意したところ、不法行為に該当するとして慰謝料の請求がされた事案
 指導の方法は色々ありますが、まずは、口頭で注意したところ不法行為にあたると主張された事案を紹介します。

(1) 平成21年5月22日広島高等裁判所松江支部判決
① 事案の概要
 会社の従業員2名が被控訴人から「Gさんは以前会社のお金を何億も使い込んで、それで今の職場に飛ばされたんで、それでY課長も迷惑しとるんだよ。」と言うのを聞いた。
 Gは、上記従業員2名から被控訴人の発言を聞き、H課長とYに涙ながらに訴えた。H課長らは従業員2名から被控訴人の発言について確認したところ、間違いない旨返答したので、2日に亘り被控訴人から事実を確認したが同人は認めなかった。
 その後、被控訴人は会社のM取締役に対し、「サンプルの不正出荷をしている人がいる」、「人事担当者が従業員に県外出向を強要している」、「準社員や社員の中には、人事担当者をドスで刺すという発言をしている人がいる」などと述べた。M取締役は、「会社の施策は会社と組合が協議した内容で進めているものであり個人的な見解ではない」旨返答した。その上でYに対し被控訴人の話の内容を伝えた上、「不適切な内容なのでよく話を聞いて注意しておくように」と述べた。
 Yは、被控訴人がGを中傷する発言をしていたことを確認しているにもかかわらず2度にわたる事実確認において否定した上で、サンプルの不正出荷をしている人がいると会社の役員に述べるなど中傷行為について依然として反省の態度が見られないこと、従業員の県外出向については労使間の協議を経て従業員の雇用確保のために会社が執った施策であるにもかかわらず労使間のルールを無視して会社の役員に直接電話をかけ、かつ、脅迫的な言辞を用いて妨害・中止させようとしたことについては従業員として不相当な行為であるから面談を実施した。
 なお、被控訴人は、本件面談の際、ボイスレコーダーで秘密録音していた。本件面談の際、被控訴人は終始ふて腐れたような態度を示し横を向いていた。
 本件面談の際の会話内容は、概ね以下のとおりであった。

(Y) 「雇用を確保するために、そういうものを探してやっているわけです。 そういうことに対して、なぜ阻害しようとしているわけですか、妨害しよ うと。何の目的でやるんですか」
(被控訴人) 「妨害じゃないですよ」
(Y) 「会社の施策に対して、あなたは妨害しているんですよ」
(被控訴人) 「妨害じゃないですよ」
(Y) 「妨害だと言っているんだ。それがわからんのか」
(被控訴人) 「私もこれから裁判所といま会う約束をしているんですよ」
(Y) 「あのな、この間言った証言ももう証拠は取れているんだぜ。何らかの処分をせないかん、この状況では。それも1回ああいうことがあって黙っていればいいのに、言動を避ければいいのに、正義心か何か変な正義心か知らないけども、会社のやることを妨害して何が楽しいんだ。あなたはよかれと思ってやっているかもわからんけども、大変な迷惑だ、会社にとっては。そのことがわからんのか」
・・・「あなた、自分自身がばかにされるんだよ、そんなこと言ったら」
・・・「いいかげんにしてくれ、本当に。変な正義心か何か知らないけど、何を考えているんだ、本当に。会社が必死になって詰めようとしていることを何であんたが妨害するんだ、そうやって。裁判所でもどこでも行ってみい」
(被控訴人) 「わかりました」・・・
(Y) 「だったら証拠出せよ、それを。証拠持ってこい。使い込んだ証拠持ってこい、何億円の」
(被控訴人) 「何億円。一切知らないと言ったでしょう」
(Y) 「言ったんだ。ちゃんと証拠取れているから。言ったって、事実証拠取れているから。発言内容の証拠取れているから、もう。出るとこに出ようか。民事に訴えようか。あなたは完全に負けるぞ、名誉毀損で。あなたがやっていることは犯罪だぞ」
「自分は面白半分でやっているかもわからんけど、名誉毀損の犯罪なんだぞ」
(被控訴人) 「面白半分でやっていませんよ。やったやったって」・・
(Y) 「今回の福知山に行く件は、あなたは一切口を挟まないでくれ。迷惑だ、会社として。もうこれ以上続けると、われわれも相当な処分をするからな」
「あなたがやっていることは犯罪なんだぜ」
「それから誰彼と知らず電話をかけたり、そういう行為は一切これからはやめてくれ。今後そういうことがあったら、会社としてはもう相当な処分をする」
「それから向こうに行く人に対して変に吹聴しないでくれ、会社がやっていることについて」
「あなたは自分のやったことに対して、まったく反省の色もない。微塵もないじゃないですか。会社としてはあなたのやった行為に対して、何らかの処分をせざるをえない」
「前回のことといい、今回のことといい、全体の秩序を乱すような者は要らん。うちは。一切要らん」
・・・「何が監督署だ、何が裁判所だ。自分がやっていることを隠しておいて、何が裁判所だ。とぼけんなよ、本当に。俺は、絶対許さんぞ」
「会社がやっていることに対して妨害し。辞めてもらう、そのときは。そういう気持ちで、もう不用意な言動は一切しないでくれ。わかっているのか。わかっているのかって聞いているだろう」
(被控訴人) 「わかっていますけども、6時半には私は先に言ったように・・」
(Y) 「じゃあ、帰ってください」

② 不法行為の成否
 Yが面談に及んだのは、被控訴人がGを中傷する発言をした事実が確認されているにもかかわらず2度にわたる面談で発言を否定した上、M取締役に「サンプルの不正出荷をしている人がいる」と述べるなど、中傷行為について依然として反省の態度が見られないこと、従業員の県外出向については労使間の協議を経て従業員の雇用確保のために会社が執った施策であるにもかかわらず労使間のルールを無視して会社の役員に直接電話をかけ、かつ、脅迫的な言辞を用いて妨害・中止させようとしたことについては従業員として不相当な行為であるから注意、指導する必要があると考えたことによるものであり、企業の人事担当者が問題行動を起こした従業員に対する適切な注意、指導のために行った面談であって、その目的は正当である。
 しかし、中傷発言があったことを前提としても、面談の際のYの発言態度や発言内容には感情的になって大きな声を出し被控訴人を叱責する場面が見られ、従業員に対する注意、指導としてはいささか行き過ぎであったことは否定し難い。すなわち、Yが大きな声を出し、被控訴人の人間性を否定するかのような不相当な表現を用いて叱責した点については、従業員に対する注意、指導として社会通念上許容される範囲を超えているものであり、不法行為を構成する。
 もっとも、本件面談の際、Yが感情的になって大きな声を出したのは、被控訴人がふて腐れ、横を向くなどの不遜な態度を取り続けたことが多分に起因していると考えられるところ、被控訴人はこの場でのYとの会話を秘密録音していたのであり、被控訴人は録音を意識して会話に臨んでいるのに対し、Yは録音されていることに気付かず、被控訴人の対応に発言内容をエスカレートさせていったと見られるのであるが、被控訴人の言動に誘発された面があるとはいっても、会社の人事担当者が面談に際して取る行動としては不適切であり、慰謝料支払義務を免れない。

③ 損害額
 Yの上記発言に至るまでの経緯などからすれば、その額は相当低額で足りるというべきで、全事情を総合勘案すると、慰謝料は10万円とするのが相当。

④ コメント
 第1回のコラムにおいて、「違法性の有無は、『侵害された利益の種類』と『侵害行為の態様(動機・故意・過失などの主観的な要素も考慮対象にするとされています)』をそれぞれ考慮して判断する」と書きました。
 今回紹介した裁判例においても、目的(動機)について、「問題行動を起こした従業員に対する適切な注意、指導のため」と認定した上、「目的は正当」と評価しています。そして、行為態様について、「大きな声を出し、被控訴人の人間性を否定するかのような不相当な表現を用いて叱責した」と認定した上、「従業員に対する注意、指導として社会通念上許容される範囲を超えている」と評価し、結論として違法性を認めました。
 この裁判では、従業員が面談の模様を録音していたことから、上司の発言が具体的に認定されており、この点で非常に参考になると思います。
                                                 以 上

執筆者

富小路法律事務所 弁護士 中尾 貴則
同志社大学法学部卒業後、翌年、司法試験合格。大阪弁護士会に登録。法人企業(大企業、中小企業)に対する企業間の取引や、消費者からのクレームにまつわるトラブル、従業員とのトラブルについての相談、契約書作成・確認などの業務を行う。
2007年、富小路法律事務所設立。現在に至る。 2008年に「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」、「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」をメンタルグロウと共催。著作としては、労働審判法(共著)、知的財産契約の理論と実務(共著)。

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