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法的観点からみるパワハラのリスク管理[4]

 第 4 回 部下に対する指導方法が問題になった裁判例3 2010年10月15日

 パワハラに関しては、「指導方法がいかなる場合に違法になるか」ということが最大の関心事かと思いますので、指導が問題になった裁判例をここで紹介していきます。今回紹介する裁判例は、上司が部下の様々な行為について複数回注意・指導を行ったところ、その注意・指導の一部が裁量権を逸脱して違法とされ、慰謝料の支払いが認められたケースです。どのような行為に対し、どのような指導方法をすると違法になるのか参考になるかと思います。

 
東京地判八王子支部平成2年2月1日 東芝府中工場事件
 
【事案の概要】
 原告は、入社1年後と2年後の昭和51年度と52年度の技能五輪に出場し、52年度の技能五輪では全国大会3位の成績を収めた。
 昭和54年に、原告は被告会社内で「労働者の声」と題するビラを作成しているグループに参加する。その後、原告は前記サークル活動等のため次第に残業をしなくなり、そのことを上司の被告天野がとがめたところ、「残業は自分のできる範囲内ですればよい、月に10時間程度の残業ではいけないというなら残業はしたくない」と述べた。上司が「もう残業はしなくてもよい」と述ベたところ、原告はほとんど残業をしなくなった。
 原告は、仕事能率が悪いことや職場に溶け込んでいないことなどから2度所属グループが変更されたが改善しなかった。そこで、以前の上司の被告天野と技能五輪の関係で特別の信頼関係があるのではないかと考えられたことから、被告天野のグループに移った。しかし、同グループにおいて原告は共同作業の補助的な仕事を行っていたが、共同作業者との折り合いが悪く、次第に単独でできる作業を当てられて行うようになった。
 昭和56年4月3日、原告は熔接する作業を行うことになった。この作業を行うのは原告は初めてだったので、同僚は作業手順を教え、その後実際に原告が作業をするのを確認してから別の作業に移った。原告は一人で熔接作業を行っていたが、手順通りに行わなかったため火傷を負った。このことにつき、被告天野は、同僚が原告に対して作業の手順を具体的に指示したことを確認したうえ、原告に反省書の提出を求めた。原告は、標準作業・安全作業を指示されていながらこれを行わなかったことを認め、文面としては被告天野の指示どおりの内容の反省書を作成した。
 原告は、同年4月9日、「労働者の声」を作成していた「働く者の新聞」と題するビラを就業時間中に封筒に入れて、職場の同僚1名に交付した。これを右従業員から聞いて知った被告天野は、翌日、就業規則や労働協約に違反するとして原告に注意を与え、始末書ないし反省書の提出を求めた。原告が反省書の書き方を尋ねたので、被告天野はその文案を作成して原告に示したが、原告は一日考えさせて下さいと述べてこれを作成しなかった。
 その後、原告は右文案を仲間に見せたいと考えてこれを書き写してポケットにしまったところ、それに気づいた被告天野が原告ともみ合い、ポケットに入れたものや文案を取り返すというやりとりがあり、結局原告は反省書を作成しなかった。
 このことについて、被告天野は他の従業員から批判的な意見を述べられたため、他の従業員に対する指導の点からも、今後反省書や始末書の作成を要求した場合には必ず作成させるようにしようと考えるに至った。
   同年5月6日、原告がグラインダー及び電気熔接機の電源を入れたまま所定の場所に収納せずに退社したことから、翌日原告に注意した。原告は、熔接機の電源のスイッチは切ったが、残業する人が使うと思ったので収納しなかったと述べたが、他の従業員も確認している旨述ベると、謝罪した。
 その1時間後、被告天野は原告に、前日作業日報を記載しないまま退社したことを指摘して始末書を書くよう求めた。原告が、どのように書けばよいのか尋ねたため、被告天野がその内容を指示し、原告は、同日、電気熔接機の電源を切らず、エアーグラインダーと共にいずれも収納しなかったこと及び作業日報を記載しなかったことを認め、反省する旨の反省書をそれぞれ作成提出した。
   スポット熔接機を使用して熔接した場合、確実に熔接されているか否かを試験する手段がないことから、品質の維持とクレームに対する対応のためテストピースで熔接して、その結果をチェックシートに記載することになっていた。5月11日、被告天野は、原告がスポット熔接機を使用した際、チエツクシートを記載しなかったことについて注意した。原告は、チェックシートに記載することは指示されなかったこと、その前の週に作業長が朝礼でチエックシートの記載を励行するよう指示した際には、原告は被告天野に呼ばれて注意を受けていたため指示を聞いていなかったこと等反論した。
 被告天野は、チェックシートの記載がないと熔接条件を確認することができず、納入先からのクレームに対して適切な処理ができないこと等チェックシートの重要性を説明し、原告に対して、「私のやった仕事で、もし事故が起こった場合には、私が全責任を負います。」との文書を作成して提出するよう求めたが、原告は、その必要がないと考えてこれを拒絶した。
 翌日、被告天野が原告に対し、再度チェックシートに記載しなかったことにつき反省を求めたところ、原告が反省している旨述べたため、再度反省書の提出を求め、内容を指示して原告に反省書を提出させた。
   同月12日、原告は熔接機使用後、冷却装置の冷却水循環用の3本のバルブのうち2本にはさわるなと書いた紙が貼られているが、1本のバルブには何の指示もなかったところからこれを閉めてしまい、そのため、熔接機が故障した。
 被告天野が原告を呼んで叱責したところ、原告が謝罪し反省書を作成する旨答え、スポット熔接機を故障させたこと、今後注意することを内容とする反省書を作成した。これを見た被告天野は、機械が故障したため、かなりの額の損害が生じていることを考慮して、「何卒寛大なる御処置をお願いします。」との文言を付加するよう要求したところ、原告は「なにとぞおんびんにすませてくださいますようお願いします。」と書き加えて被告天野に提出した。
   同月18日、ネジ穴をあける作業中、ドリルを停止せず回転中のドリルの下に手を入れてネジを出し入れして作業していたため、作業長から注意された。しかし、原告がその後もこのような作業の仕方を改めなかったため、被告天野は、不安全行為をしたとして叱責した。原告はこれに対して謝罪し、安全上の注意を怠ったことを認め、今後注意する旨の反省書を作成したところ、被告天野がこのような不安全行為をした日時と以前にも注意を受けたことがある旨付加するよう要求したため、原告は、カッコ書きで(一度注意をうけたにもかかわらず再度注意をうける。)と書き加えて被告天野に提出した。
   一服という名称で1日2回、作業場の隅で交替で喫煙したり、自動販売機で買ったジュースや牛乳等を飲んだりすることが行われていた。
 同年6月10日午後の一服の際、原告が居眠りしているのを目撃した被告天野が翌日叱責したところ、原告は仕事に差し障りがなかったこと、一服の後すぐに仕事についたこと等を述べて反論したが、居眠りをしたことを認め今後注意する旨の反省書を作成した(昼休みを挟み、午前8時半から午後1時15分頃までかかる)。
 原告は更に、被告天野から、原告が一服の際に居眠りをしてもいいと思う旨の発言をしたことを記載するよう要求されたため、「私は製造長に11日に注意をうけました。その時、私は居眠りをしてもいいと思いますと答えました。居眠りをしてもいいじゃないですかと答えました。天野製造長は『俺は居眠りは許せない』といいました。」と書き加え、署名後、さらに「『私にコピーを1部くれますか』と私はいいました。」と記載して被告天野に提出した。
   前年4月から一服の際の態度がだらしないことが問題とされ、改善策がとられ一旦は改善したが、再び乱れてきたため、翌年6月椅子が撤去されることになった。
 ところが、原告は6月22日の一服の際、角材を一服の場所に持ってきてこれに腰掛けて休んでいたため、これを見た被告天野は、立って一服するように注意し、原告もこれを了承して、次からは座らないようにしますと答えた。しかし、翌23日も原告は、箱のうえ腰掛けて休んでいたので、被告天野は原告に、前日立って休むように指示したこと等を指摘して注意し、これに従えないのなら上司の指示命令に一切従えない旨文書にして提出するよう求めた。
 それにも関わらず原告は、同日午後の一服の際にも同様に座っていた。これを見ていた作業長が立って休むよう原告に注意したが、原告は、同人に対し、以前のように椅子を置いてほしいと述べて、作業長の指示には従わなかった。被告天野は、原告に再度注意したが、一服は休憩時間でありその過ごし方も自由であるとの考えを述べて反論した。被告天野は、一服は会社が親心で黙認してきたのに過ぎず、権利としての休憩時間ではないと述べ、両者間に意見の一致が見られなかった。
 25日、原告は以前と同様座って一服の時間を過ごしていたため、被告天野は26日原告に対して注意をし、その都度注意をするのは面倒なので座って休むのであればその旨の信念書を作成するよう求めた。これに対して原告は同日、23日のやりとりについて原告が一服の時間は休憩時間と述べたこと、被告天野は昼休みのほかは休憩時間がないと述べたことを記載した信念書を作成して提出した。
   原告は29日年次有給休暇を取ることにし、同日電話をし、交換台に製缶課事務所につないでもらい、偶然電話に出た被告天野から休暇の承諾を得た。
 30日、被告天野は隣の席で作業長が作業日報を集計しているのを見ていた際、偶然原告が同月23日の作業日報に被告天野と面談中であった時間についても作業時間として記載していることを発見し、原告に、作業日報はコストダウンに使用するものであるため、実際の作業時間のみを記載すべきであることを指摘したところ、原告が被告天野と話している時間も仕事であり、これまでもそのように記載してきたと反論した。これに対して被告天野は、作業日報の意義を含めて原告のような記載方法が誤りであることを指摘し、原告に反省書の作成を求めた。当初これを拒否していた原告も、作業日報を正しく記載しなかったことを認め、以後注意する旨の反省書を作成した。被告天野はこれに対し、作業日報の記載方法については作業長の指示命令違反であるからその旨明記するよう求め、原告は署名の後に括弧書きでその旨書き加えて被告天野に提出した。
 同日午後、被告天野は、原告が前日有給休暇を取るためにかけた電話について、原告が製缶課事務所にいる書記に電話をつないでくれるよう交換台に依頼し、書記から作業長もしくは製造長に伝言を依頼しようとしたことを咎め、被告天野か作業長を電話口に呼び出し、直接その承諾を得るベきであると述べたところ、原告は、実際には被告天野が電話に出て直接承諾を得たと述べて反論した。そして、始末書の作成を求める被告天野に対し、労働組合に相談したいと述べてこれを作成せず、退席して労働組合に相談に行った。
 その後、原告は有給休暇を取得した。休み明け出勤した原告に対し、2回にわたり、電話のかけかたについて始末書か、被告天野を上司とは認めない旨の文書かいずれかを作成するよう求めたが、原告はいずれも拒否した。
翌7日も3回にわたり、原告に対し、有給休暇を取る際には、書記から伝言してもらうのではなく、製造長もしくは作業長を電話口に呼出して直接その承諾を得るべきであるのに、書記に伝言を依頼して済まそうとしたのであるから始末書を作成するよう求めたが、原告はこのような方法は以後改めるとは言ったものの始末書は作成しなかった。
 さらに翌8日、2回にわたり、原告に対し、有給休暇の連絡方法について前日同様始末書の作成を求めたところ、原告は反省書を作成することにした。そして、被告天野が、この件について組合に相談に行ったが、書記長から関与しないと言われたこと及び、被告天野を上長と認めることを付加することのほか文書の標題を始末書とすることを求めたので、結局標題は始末書(反省書)とし、内容も被告天野の求めた点を付加した書面を作成した。また、同時に、被告天野から求められて、原告は前日の被告天野との面談中に居眠りをしたことについて、今後このようなことのないよう注意する旨の反省書も作成することにしたが、これについても被告天野の求めに応じて標題を始末書(反省書)とし、万一、居眠りをするようなことがあった場合には被告天野の判断に任せる旨の内容を付加した。
   同月8日、原告は終業時間の10分以上も前に作業をやめ、後片付けを始めた。これを見咎めた被告天野は、翌9日、前日仕事を終えるのが早すぎたと原告を咎め、作業日報の記載や掃除などの後片付けのためには5分間程度で充分ではないか、仕事をする気があるのかと質したところ、原告は後片付けには10分間程度を要すると反論した。
 作業長は被告天野に、原告が以前作成したフレームが図面どおり作成されておらず、このことが次の組立過程において発見された旨報告した。
 被告天野は、従業員は図面と実際に作成した製品とのチエックを行うよう決められているにも拘らず原告がこれを行わなかったため、この間違いが生じたものと考え、再度原告を呼び、製造した製品についてその寸法をチェックしなかったことを咎め、反省書の提出を求めたところ、原告もこれを認め、反省書を作成して提出した。
 被告天野は引き続き、原告が前日10分前に後片付けを始めたことについて、原告に対し、10分間に行ったことを再現して実測してみようと述べて、原告が前日記載した作業日報については被告天野が自分で書き写してその時間を計測し、その他の後片付けについては原告にこれを再現してみるよう求めた。
 これに対して、原告は、忘れたと述べてこれを行わず、便所に行くと言って製缶課の建物を出た後、弁護士に連絡しようとして、製缶課の職場から約200メートル離れている電話ボックスに向かった。これに気付いた被告天野と古沢作業長、製缶課の従業員である荻野は、原告を連れもどすため原告を追いかけ、被告天野は原告に職場に戻るよう指示して、原告の腕をとって引き戻そうとしたが、原告はこれに抵抗し、被告天野に同日休暇を取りたい旨述ベた。
 その後、原告は工場近くの医院に行き、同医院から救急車で都立府中病院に運ばれ、整形外科と精神科の医師の診察を受けた。同日、原告は心因反応との診断を受け、その後同月25日までの間欠勤した。また、同月10日原告は国分寺診療所において診察を受け、右上腕内側部に6・8㎝×7・0㎝の皮下出血がある旨診断を受けた。
 原告は、欠勤したのは、被告天野が、その上司である地位を濫用して、4月以降、原告の勤務態度等の些細な事柄を取り上げ、反省書、始末書の作成提出を長時間にわたり威圧して強要するなど前記のとおりいやがらせを繰り返し、7月9日には被告天野のほか、作業長らも加わって原告の身体を拘束する等の暴力行為に及び、原告に両上腕内側皮下出血の傷害を負わせるなどしたことにより、甚しい精神的衝撃を受け、心因反応と診断されて休養加療を余儀なくされたためであり、賃金請求権を失っていないとして、会社に対して、欠勤分の賃金の支払いを請求すると共に、被告天野に対して不法行為(人格権侵害)を理由に慰謝料の支払いを求めた。

 

【判決要旨】

〈被告天野の行為の違法性について〉
 裁判所は、被告天野の行為が違法性になる場合について、権限の範囲を逸脱したり合理性がないなど、裁量権の濫用にわたる場合は、違法性を有するとしました。
 そして各処分が「裁量権の濫用」にあたるかについて個別に検討を加えています。
 5①「ビラ配布行為について」
 就業時間中にビラを交付する行為が就業規則や労働協約に違反していることが認められるのであるから、原告のビラ交付行為を被告天野が咎め注意することは当然であり、このことについて原告に対し反省書の作成を求めたことは製造長の裁量の範囲内の行為というべきである。
 5②「エアーグラインダー等の機械を収納せずに退社したこと」「作業日報を記載せず退社したこと」
 原告は収納してから退社すべきであったにもかかわらずこれを怠り、電気熔接機は電源を切らない危険な状態のまま放置して退社したのであるから、被告天野が注意したのは当然の措置と言うべきであり、これについて反省書の作成を求めたことは製造長の裁量の範囲内の行為というべきである。
 作業日報は、実際にその日に作業した時間を製品の製造番号毎に記録するものであり、納期との関係で定められた指定時間に照らして実際の作業の進行状況を管理し、また、予定通りのコストで完成するかをはかるのに用いられ、そのため、作業者は作業長に当日提出し、作業長は毎日これを集計して作業の進展状況を把握するために作成することが求められているものであるから、当日の作業についてはその日のうちに記載されるべきものであること、しかし、当日記載を忘れる従業員がないわけではなく、これについて反省書が作成された事例が過去にあったことが認められる。
 従って、原告が作業日報を記載せずに退社したことについて被告天野が原告を叱責し、反省書の作成を求めたことは通常の取り扱いであって当然のことである。
 5③「チェックシート記載漏れについて」
 昭和55年4月にスポット熔接の不良事故が発生したことを契機にして、作業長は作業員に対しチエツクシー卜に記載し、熔接後、熔接箇所が正確に熔接されていることを確認するようにとの指示を何度か朝礼等で行い、原告もこれを聞いたことがあること、スポット熔接機にはチエックシートに熔接条件を記載するようにとの注意を記載した書面が取り付けてあることが認められる。
 仮に、原告が直前の朝礼の際、被告天野から注意を受けていたためチェックシートに必ず記載せよとの作業長の指示を聞くことができなかったとしても、原告はチェクシートに記載すべきことを全く知らなかった訳ではなく、また、前記の事故の後でもあり、職場においてチェックシー卜への記載に神経を使っていた時期でもあるから、これの忘失について被告天野が注意し反省書を徴したのは当然であるというべきである。
 5④「熔接機のバルブを1本閉めたこと」
 原告は、これまで2度にわたり熔接機の使用方法を教えてもらっており、作業終了時にどのようなことをするかについても前日実際に見ているのである。ところが原告は、目の前でこれが行われておりながらその手順を全く覚えておらず、従って、終了時何をすればよいかわかっていなかった。更に原告は、誰かに確認することもなく、使用開始時に開ける作業をしていないバルブを閉じたのである。
 これら一連の原告の態度は極めて不真面目と言わざるを得ない。
 確かに、2本のみ指示があり、1本のバルブに何の表示もないことは誤解を招くものであったと言えなくもないが、原告はその使用方法について既に説明を受けており、バルブを閉めるようにとの指示を受けたことはないのであるから、原告がバルプをしめたことによって右熔接機が故障したことの責任は原告にあるというべきであり、これを機械の指示の仕方に転嫁することはできない。
 また、〈証拠〉によれば、スポット熔接機が故障したことにより、その修理費用として数十万円の損害が被告東芝に生じたことが認められ、この点について、被告天野が原告を叱責し反省書の提出を求めるのも当然のことと言わなければならない。
 5⑤「穴あけ作業の際、回転中のドリルの下に手を入れることを繰り返していた」ことについて
 確かに、穴あけ作業においてどの程度穴があいたかを確認するために、皿ネジを穴にいれるたびごとにドリルを停止する方が回転を止めずに確認するより時間も手間もかかることは明からであるが、製缶課のボール盤は加工材料が鉄であるため出力が大きく、また、モーターが停止しない限りドリルが停止しない構造になっているので、回転中のドリルの下に手を入れることは、衣服の袖口等がまきこまれた場合にドリルが停止することがないため極めて危険な行為であることが認められ、他方、製缶課においてボール盤を使用した作業の際、回転中のドリルの下に手を入れることが一般的に行われていたとの原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
 従って、被告天野が原告に注意するのは当然であり、口頭の注意では改められなかったため、被告天野が文書の提出を求めたのはやむを得ないことというべきである。
 5⑥「一服の際に居眠りしていたことについて」
 10分間程度、一服と称して作業から離れて身体を休めることが慣行として行われていたが、この時間は作業日報の実作業時間の記載においてもこれを加えて計算することになっていること、一服の慣行は府中工場の総ての職場において行われていたわけではないこと、一服の時間にはたばこを吸ったりジュースを飲んだりする者もあるが、次の仕事の段取りを考えることにも使われていること、そのため、製缶課課長や製造長、作業長から繰り返し一服の際の過ごしかたについて節度あるすごし方をすること、具体的な時間、すべきでないこと等を指示することがなされていたことが認められる。
 以上の事実によると、一服の時間は、休憩時間というよりむしろ作業時間の過ごし方の一形態というベきであり、休憩時間である昼休み等と異なり、一定の範囲内の行為が許されているに過ぎないと認められ、この時間に居眠りすることが許されているものと解することはできない。
 従って、一服の際居眠りをしていた原告を被告天野が叱責するのは製造長として当然のことである。
 尤も原告は、一服の時間の過ごし方について、製缶課の職場慣行やその趣旨をよく理解しておらず、居眠りをしてもよいと考えていたことが認められるから、被告天野は、製造長として原告に対しその趣旨をよく理解させるよう努力を継続すべきであって、これがはじめての原告の居眠りであり、原告の理解不足から生じた行為である点を考慮すると、反省書まで作成させたことは多少行きすぎの感を免れないが、未だ裁量の範囲を逸脱した違法なものであると断ずることはできないものというべきである。
 5⑦「一服の際に座っていたことについて」
 原告以外の従業員は指示どおり立って一服していたことが認められるのであるから、原告が座っていることについて被告天野や作業長が注意するのは当然である。
 この注意に対して、原告は次からは態度を改めると言いながら一服の際には必ず座っていたことは、被告天野や作業長に対して極めて挑発的な態度と言わざるを得ず、これに対して被告天野や作業長がその都度厳しく叱貴したのも特に異常なことではない。
 これについて被告天野は同月26日になって、その都度原告に注意するのは面倒なので一服の際には座ってもいいと思いますとの信念書を作成するよう求めたことは前認定のとおりであり、原告の前記のような対応からすると、被告天野がこのような信念書の提出を求めたことは特に製造長としての裁量の範囲を逸脱するものではない。
 5⑧「作業日報に記載すべき作業時間について」
 前認定のとおり、作業日報は製品の製造番号を付して製造に費やした時間を計算し、製品のコストを計算するため等の目的で記載しているものであるから、このような作業日報の性格から考えると、原告が被告天野から叱責されている時間を作業時間と記載するべきでないことは明らかである。
 原告の主張によると、原告は同年4月以降、実際の作業時間だけでなく、注意を受けていた時間も含めて記載していたというのであるが、仮にそうであったとしても、それは原告が作業日報の意義を知らずに誤って記載し続けこれに作業長や製造長も気付かずにいた、または注意せずにいたというだけのことであって、原告の記載方法が容認される理由にはならない。
 また、原告はこのような説明を受けながら、被告天野から注意を受けている時間も作業時間であると主張したことは前認定のとおりであり、〈証拠〉によると、作業日報の記載方法についてはこれまでに何度もミーティング等の際に指導していたにも拘らず、原告がこのような態度に出たため、被告天野は、原告の作業日報に対する考えかたを正す必要もあって、これに対する反省書の作成を求めたものであることが認められる。
 従って、原告の作業日報の記載方法の誤りについて正した被告天野の行為は当然のことと言うべきである。
10  5⑨「有給取得の際の手続きについて」
 原告は年次有給休暇を当日取得する場合製缶課事務所の書記に電話して、製造長か作業長に伝言を依頼する方法を従来取っていたことが認められ、昭和56年6月29日も原告はそのようにし、さらに偶然電話にでた被告天野に対しても、製缶課事務所の書記を呼んでくれるよう依頼し、原告からの電話であることに気付いた被告天野に指摘されて、被告天野に休暇を取りたい旨告げたことが認められる。
 当日の仕事の段取り等もあり、直接上長に電話すべきであるとの被告天野の主張は一応納得しうるものである。
 原告は同日この点について被告天野から始末書の作成を求められたがこれを拒絶し、7月1日から3日まで休暇を取り、土曜、日曜を挟んで同月6日に出勤した後7月8日に始末書を作成するまで、断続的に被告天野から始末書の作成を求められていたことは、前認定のとおりである。
 しかし、有給休暇の取りかたについて、これまで原告は注意されたことがないことが認められ、原告も被告天野主張のような電話のかけかたをすべきことについて一応納得し、注意された後である7月1日から3日までについては、申告した時間の適切さに問題は残るにせよ、一応直接上司に電話していることは前認定のとおりであって、被告天野の注意に従い態度を改めていると言えるから、その後も3日間にわたりこの点について始末書の作成を求める必要があったのかは疑問の残るところである。
 確かに被告天野の注意と原告の反論はかみ合っていない点もあり、完全に被告天野の言わんとしていることを原告が理解したのかは定かではないし、上司として、一旦作成を求めた反省書等を不提出のまま放置することは他の従業員に対する指導の上で好ましくない影響のあることは理解し得るが、指導の性格上、個々の従業員の性格、状況等に応じて変化する柔軟な姿勢もまた必要である。
 この場合、原告は、被告天野の指示に従って、態度を改めたのであるから、3日間にわたり、執拗に始末書の作成を求めたのは行きすぎの感を免れず、製造長として従業員を指導する上での裁量の範囲を逸脱したものと言わざるを得ない
11  5⑩「図面チェックをしなかったことについて」
 過誤を無くすために図面の寸法をチェックすることが行われていることからすれば、これを怠って実際に使用できない製品を作ったことについて被告天野が原告を叱責するのは当然であって、このことについて反省書の作成を求めたことは当然というべきである。
12  5⑪「10分以上前から後片付けを始めたことについて」
 作業長は原告の作業打ち切りが早すぎることについて何度か原告に注意していたのに態度が改まらなかったため、被告天野にその旨を報告していたことが認められ、この報告を受けて、被告天野は原告に対して直接には7月8日のことについて注意をしたものである。
 他の従業員に比べて特に後片付けを始める時間が早いのは他の従業員に対して良い影響を与えるとは思われない。しかしながら、被告天野が、後片付けとして原告が行ったことを再現してその時間を計ろうとし、作業日報については原告が再現しないため、被告天野が自ら書き写し、その後原告をその作業台に連れていって、前日の後片付けを再現するよう求めたのは、行きすぎの感を免れず、部下を指導すべき製造長としての裁量の範囲を逸脱したものと言わざるを得ない
13  以上のとおりであるから、被告天野が原告に対して注意したり、叱責したことはいずれも、被告天野がその所属の従業員を指導監督する上で必要な範囲内の行為であったというべきであり、これらの事項について反省書等を求めたことも、概ね裁量の範囲を逸脱するものとは言えない。
 しかしながら、渋る原告に対し、休暇をとる際の電話のかけ方の如き申告手続上の軽微な過誤について、執拗に反省書等を作成するよう求めたり、後片付けの行為を再現するよう求めた被告天野の行為は、同被告の一連の指導に対する原告の誠意の感じられない対応に誘引された苛立ちに因るものと解されるが、いささか感情に走りすぎた嫌いのあることは否めず、その心情には酌むべきものがあるものの、事柄が個人の意思の自由にかかわりを有することであるだけに、製造長としての従業員に対する指導監督権の行使としては、その裁量の範囲を逸脱し、違法性を帯びるに至るものと言わざるを得ない。

 
〈賃金請求について〉
 原告が昭和56年7月9日診察を受けた都立府中病院の医師は、原告の心因反応は会社内における人間関係が原因となっているものと判断したこと、同医師が心因反応のため休養加療を要すると診断したことにより、原告は7月10日から同月25日までの間欠勤したことが認められる。
 また原告は昭和56年7月10日右上腕内側に皮下出血のあった旨の診断を受けているが、これは、前日被告天野から職場に戻るよう言われた際に、同人や古沢作業長らとの間で口論となり、腕をつかんで引き戻されるなどした際に生じたものと推認するのが相当である。
 そこで、以上認定判示したことを総合して、原告の心因反応の原因を検討すると、昭和56年4月以来、原告の不安全行為や所定の方法で作業しなかったこと等に対して被告天野や作業長から注意を受け、しばしば反省書等の作成を求められたことが原告の精神的負担となってこれが遠因となり、原告が心因反応と診断された当日の前日の作業終了時間が早すぎたことに対する叱責とその前日まで続けられた有給休暇の取りかたについての執拗な追及及び反省書の要求が直接的な原因となっているものと推認することができる。
 そして、右の直接的原因となった叱責及び反省書の要求は、いずれも製造長としての裁量の範囲を逸脱する違法なものと認められることは前判示のとおりであり、右違法行為は被告天野が被告東芝の社員としてその部下である原告の指導監督を行う上でなされたものであるからこれが原因となって惹き起こされた原告の欠勤は被告東芝の責に帰すべき事由によるものと言うべきである。そうすると、原告は右の期間内の賃金請求権を失わないものと解することができるから、原告が被告東芝に対してその早退及び欠勤を理由として支給されなかった賃金の支払いを求める請求は理由がある。

 
〈慰謝料請求について〉
 原告の心因反応の原因は、被告天野の前記認定の違法行為にあると解されるから、被告天野及びその使用者である被告東芝は、これにより原告が被った精神的損害を賠償すべき義務がある。
 この場合、被告らの責任を考慮するに際しては原告側の事情も斟酌すベきであるところ、原告はしばしば過った作業をしたり不安全行為を行うなど、労働者として仕事に対し真摯な態度で臨んでいるとは言い難いところがみられ、また、被告天野の叱貴に対しても真面目な応対をしなかったり、殊更被告天野の言動を取り違えて応答するなどの不誠実な態度も見られ、このため、有給休暇のとり方や作業終了時間に対する被告天野の過度の叱責や執拗な追及を原告自らが招いた面もあることが否定できないことは上述したとおりである。
 以上の事情を総合考慮すると、原告の被った精神的損害を慰謝するには、15万円が相当と認められる

 
【コメント】
 今回問題になったのは、反省文や始末書の記載と再現行為です。
  反省文や始末書などの社内での位置づけですが、事実認定のところにおいて「作成された反省書等の文書のその後の取り扱いについても特に取り決めはなく、被告天野は一定の期間後廃棄することにしていた」こと、「始末書などを直接人事考課の資料とするような制度にはなっていない」ことが認定されています。
 原告に反省文を書かせるにあたり、上司との間で、様々なやりとりがあったと思われますが、そこでの言動は問題とされておらず、反省文についてはその記載を求めた回数、時間が態様として問題とされています。
 そして、有給休暇取得の際の手続きについては、上司が注意したことの意義は認めつつも、①今までも同じような方法で原告は有給を取っていたところ、これまで注意されたことがなかったこと、②上司に注意された後、3日間原告は有給を適切な方法で取得しているおり、反省の態度が見受けられるにもかかわらず、その後3日にわたり始末書の作成を認めたのは行き過ぎであることを指摘して、違法性を認めています。
 再現行為については、他の従業員よりも早く原告が片付けることが士気の点から好ましくないことを認めつつも、そのことを指導する手段として再現をさせることは行き過ぎとの理解から、違法性を認めています。
  これまでの裁判例と同様、裁量を逸脱しているか否かについて、目的と手段両方から検討を加え、目的はいずれも正当と判断しましたが、上記2つについては手段が裁量を逸脱していると判断しました。
 反省文を実際に作成しなくても、作成を求める過程における説明や叱咤においても教育目的を達成しうる場合があることから、説明叱咤で留めるか、実際に作成するよう執拗に求めるかはそれまで同様のミスで注意をされていたか、説明叱咤の際の従業員の言動、説明叱咤を行っていた時間などを考慮して、判断する必要があるものと思われます 。
                                                 以 上

執筆者

富小路法律事務所 弁護士 中尾 貴則
同志社大学法学部卒業後、翌年、司法試験合格。大阪弁護士会に登録。法人企業(大企業、中小企業)に対する企業間の取引や、消費者からのクレームにまつわるトラブル、従業員とのトラブルについての相談、契約書作成・確認などの業務を行う。
2007年、富小路法律事務所設立。現在に至る。 2008年に「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」、「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」をメンタルグロウと共催。著作としては、労働審判法(共著)、知的財産契約の理論と実務(共著)。

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