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法的観点からみるパワハラのリスク管理[5]

 第 5 回 部下に対する指導方法が問題になった裁判例4 2010年12月10日

 前回同様、指導が問題になった裁判例を紹介します。今回紹介する裁判例は、上司から過剰なノルマの強要や叱責を受けたのが原因で自殺したと遺族らが会社に損害賠償を請求したケースです。
 特徴は、被災者の不正経理が発覚したことから上司が注意したにも関わらず、同様のことを繰り返していたという経緯の中で問題の叱責が行われている点です。
 なお一審の松山地裁(違法)と二審の高松高裁(適法)とで判断が異なっています。

 

【事案の概要】
 被災者は、平成15年4月東予営業所の所長に就任した。営業所とは支店の下位組織で、管轄地域の営業活動及び工事施工の統括管理を担当し、営業所長は支店長の指示を受け当該営業所の業務を遂行・管理する責任を負っている。
 被災者による不正経理等と会社の対応
   被災者は、東予営業所所長に就任した1か月後から営業成績を支店に報告する際に部下に事実と異なる数値を報告するように指示を行うことにより、「不正経理」を開始した。その後も、部下に指示を行うことによって「不正経理」を継続した。
 平成15年6月、前支店部長は5月末時点の営業所の出来高と原価の数字のバランスに異常があることに気付き、被災者に対し「架空出来高」の計上の有無について確認を行ったところ被災者はこれを認めた。そこで、前支店部長は平成15年9月末までに「架空出来高」を計上していない状況の出来高の数値に戻すように指示をした。
 前支店部長は、被災者に対し何度か是正状況を確認し、平成15年12月で「架空出来高」を是正したとの報告を受けた。しかし、実際は是正されておらず、「架空出来高」の計上額は約1200万円であった。
   平成16年4月、前支店部長の後任の現支店部長が就任した。
 現支店部長は、平成16年6月ころ営業所の業績結果等の数字におかしい点がある旨の報告を受け被災者及び部下を支店に呼んで事実確認をしたところ、被災者は「不正経理」を認めた。
 現支店部長は注意を行い、今後の架空出来高の解消法について話し合いを行った。同席した前支店部長は、被災者に対し「去年もやっていて注意していたのに何やっているんだ」と注意した。
 1800万円の「架空出来高」は決して少なくない数字であったが、修正できない数字でもなかった。現支店部長は、大幅な赤字を出して架空出来高を解消する方法だと本社への報告が必要となり新任所長で優秀な社員であった被災者の経歴に傷がつく事態に発展することを懸念し、利益を予測しこれに基づいた「架空出来高」の解消計画を作成して計画的に「架空出来高」を解消していくという方法を採用した。
 具体的には、①工事日報を書いて原価管理を行うこと、②毎月の業績検討会で工事の内容を精査し、500万円以下の工事で営業所の経費を捻出し大型工事の利益を「架空出来高」の解消に充当すること等を示唆して、「架空出来高」の解消に関する指導を行った。そして、解消する目標時期について、中間決算・12月・年度末決算の各時点までできるだけ努力し、それでも赤字なら仕方がないこと、81期から新たにスタートすればよい旨の話をした。
 なお、被災者の死後の調査により、前記「架空出来高以外」に、合計1425万6000円の「原価未計上」の存在が判明したが、このとき、他の不正経理又は未払金の有無について現支店部長が確認したところ、被災者は他にはない旨回答した。
   現支店部長は、平成16年8月上旬、同年7月末時点の営業所の工事のうちの一部が赤字工事となっていることに気付いた。現支店部長は工事日報を確認しようとしたが、営業所では工事日報をつけていなかったので、被災者と部下に対し日報を書いて毎日報告するよう指導し、その後しばらくは日報をファックスで送らせることとした。
 現支店部長は、平成16年8月17日以降、東予営業所から送られてきた日報を見て気付いた点は、主に部下に対しその都度電話で日報の内容の不明点に関する質問、変更を速やかに行うべきことの指示・指導を行った。この指導は、部下とともに被災者に対して行われることもあった(但し、8月下旬頃まで)。
 具体的には、現支店部長は部下に対して電話での指導をした際に被災者に電話を替わってもらい部下の日報に対する確認に関する指導を行っていた。
 部下は被災者が現支店部長との電話を切った後5分くらい立ち上がれないような雰囲気で落ち込んで黙って考え込んでいる姿を見たことがあった。
 部下は9月9日、日報報告の際、現支店部長が被災者に対し「この成績は何だ。これだけしかやっていないのか。」と叱責しているのを電話越しに聞いた。被災者は電話を切った後、「しょうがないよな。俺らが作ったんだからな。」と言ってしばらく机で塞ぎ込んでいた。
   平成16年9月10日、現支店部長、支店副部長参加の下、営業所において業績検討会を行われた。業績検討会の資料作成にあたり、被災者は部下に対し利益が出ておらず目標値に達してないので数字を何か所かいじってそれらしいものにしておけという指示をした。
 業績検討会において現支店部長が部下に対し日報を見せるように指示をしたところ、部下は、直前に被災者の指示で適当に修正した日報を現支店部長に提出した。
 現支店部長は部下に対し、「言ってることと資料の内容が違うじゃないか」「こんな資料でみんなの貴重な時間を使ってやっているのに、資料の数字が違ったら意味ないじゃないか」「数字をきちっとやっていかないといつまで立ってもこの営業所よくならないよ。こういういいかげんな資料で検討していても無駄だよ。」「お前が資料作れないのであれば、他のものにやってもらったらどうか。」等と言って注意した。被災者は、自らが部下に指示をした「不正経理」について自分の面前でその部下が注意されるという状況にあった。
 また、現支店部長は変動費に通常と異なる点を見つけ、その工事の日報を見せるように部下に指示したが、部下からは「日報はない」との回答を受けた。これは、実際は検討会資料には記載されているものの現実に工事を行っていない工事であったため日報が存在しなかったものであった。
 現支店部長は、お盆明けから再三にわたり工事日報の重要性を説き、指導を行ってきたにもかかわらず、いまだに日報を作成していない工事があることに関して、部下に対して注意した。
 現支店部長は、部下に注意をした後、「東予営業所には1800万から2000万近い借金があるんだぞ。」と現状を再確認した上で、「達成もできない返済計画を作っても業績検討会などにはならない」、「現時点で既に1800万円の過剰計上の操作をしているのに過剰計上が解消できるのか。出来る訳がなかろうが」、「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にはならないぞ」と被災者を叱責した。
 また、「ここの営業所全員が力を併せていかないと返せんのだから、無理な数字じゃないから、このぐらいの額だから、今年は皆辛抱の年にして返していこうや。」「全員が力を併せて返していかんと返せんのだから、皆が力を併せて頑張ってやろうや。」と営業所の従業員全員を鼓舞した。
   現支店部長は被災者及び部下に対し、業績検討会資料を正確に作り直すように指示をした。この時、部下は正確な資料を作るということは今度こそ支店の上司に報告していない「原価未計上」等の「不正経理」を全て明らかにするということであり、従前までの隠蔽したものを正直に出さざるを得なくなり、会社を辞める等して責任を取らざるを得ないと考えた。
 検討会終了後の被災者の状況
   業績検討会終了後、被災者は営業所員らと雑談をしており特に変わった様子はなかった。また、支店副部長は営業所に鞄を忘れたことから、被災者に電話で鞄に現金が入っているから保管しておくように依頼したところ、被災者はみんな使っておきますと冗談を言っていた。被災者は営業所を退社するときは所員らにいつもどおり「お先に」と元気に声をかけて退社した。
 被災者の自殺
   被災者は、平成16年9月13日(月)午前6時30分ころ、自殺した。

 

【判示内容】
 上司は被災者に対し、社会通念上正当と認められる職務上の業務命令の限界を著しく超えた過剰なノルマ達成の強要又は執拗な叱責をしたと判断できるか。
 第1審
   年間業績で赤字計上したこともあるなど、営業所の営業環境に照らすと、約1800万の架空出来高を遅くとも会計年度の終わりまで解消することを踏まえる事業計画の目標は達成困難な目標である。
   平成16年の盆以降に毎朝工事日報を報告させて、その際ほかの職員が端から見て明らかに落ち込んだ様子を見せるに至るまで叱責したり、業績検討会の際に「会社を辞めれば済むと思っているかもしれないが、辞めても楽にならない」旨の発言をして叱責したことは、不正経理の改善や工事日報を報告するよう指導すること自体が正当な業務の範囲内に入ることを考慮しても、社会通念上許される業務上の指導の範疇を超えるものと評価せざるを得ず、被災者に対する上司の叱責などは過剰なノルマ達成の強要あるいは執拗な叱責として違法である。
 第2審
   上司らからの約1800万円の架空出来高を遅くとも平成16年度末までに解消することを目標とする業務改善の指導は、従前に年間業績で赤字を計上したこともあったことなどの営業所を取り巻く業務環境に照らすと、必ずしも達成が容易な目標であったとはいい難い。
 さらに、平成16年のお盆以降、毎朝工事日報を報告させ工事日報の確認に関する指導を行っていたが、その際に被災者が落ち込んだ様子を見せるほどの強い叱責をしたことが認められる。
 しかし、被災者は、営業所長に就任した1か月後の平成15年5月ころから、部下に命じて架空出来高の計上等の不正経理を開始し、同年6月ころこれに気付いた前支店営業部長から架空出来高の計上等を是正するよう指示を受けた。
 にもかかわらず、是正することなく不正経理を続けていたため、平成16年7月にも、現支店部長、前支店部長から架空出来高の計上等の解消を図るように再び指示ないし注意を受けていた。
 さらに、営業所においては、工事着工後の実発生原価の管理等を正確かつ迅速に行うために必要な工事日報を作成しておらず、このため、同年8月上旬、営業所の工事の一部が赤字工事であったことを知った現支店部長から工事日報の提出を求められた際にも、求めに応じることができなかった。
   このように、上司から架空出来高の計上等の是正を図るように指示がされたにもかかわらず、是正がされなかったことや、営業所においては必要な工事日報が作成されていなかったことなどを考慮に入れると、上司らが被災者に対して不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度の厳しい改善指導をすることは、被災者の上司らのなすべき正当な業務の範囲内にあるものというべきであり、社会通念上許容される業務上の指導の範囲を超えるものと評価することはできず、叱責等が違法なものということはできない。

  

【コメント】
 本件でも、裁判所が採用した判断基準は、上司らの叱責指導が目的・手段の点から見て社会通念上相当と言えるか否かというものです。
 本件では、1審、2審共に同じ事実に基づき判断しています。
 そして、両裁判所共に、①目標が達成困難なものであったこと、②叱責の程度が厳しいものであったことは認めています。
 判断の分かれ目になったのは、問題にされている叱責がなされるに至った経緯を上記相当性の判断に加味するか否かの点です。
 2審は、被災者が行った不正経理が重大なものであり、それを是正するための日報の作成など具体的指導を何度か行ったにもかかわらず、被災者が改善の姿勢を示さなかった以上、指導方法が厳しくなるのはある意味当然であり、それを踏まえると今回の叱責方法は相当性の範囲内にあると判示しました。
 それに対し、1審は、過失相殺で考慮しています(被災者の過失を6割と評価)。
 本件は、上告されており、上告審で異なる判断がなされる可能性もありますが、注意しても改善が見られない場合に、次第に指導が厳しさを増すことは当然と思われます。
 従って、これらの事情を単に過失相殺の事情とするだけでなく、違法性の判断の際に加味する2審の判断の方が、実際の部下に対する指導の実態現場に相応しているものと考えます。
以 上 

執筆者

富小路法律事務所 弁護士 中尾 貴則
同志社大学法学部卒業後、翌年、司法試験合格。大阪弁護士会に登録。法人企業(大企業、中小企業)に対する企業間の取引や、消費者からのクレームにまつわるトラブル、従業員とのトラブルについての相談、契約書作成・確認などの業務を行う。
2007年、富小路法律事務所設立。現在に至る。 2008年に「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」、「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」をメンタルグロウと共催。著作としては、労働審判法(共著)、知的財産契約の理論と実務(共著)。

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