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メンタル不全者に対する使用者の措置に関する法律実務[3]

第 3 回 労災と安全配慮義務違反 2010年7月7日

 これまでのコラムで、従業員のメンタル不全に関して会社が責任を問われる場合の法律構成である安全配慮義務について、色々と見てきました。その結果、会社が責任を問われないようにするためには、第2回のコラムで記載したように労働安全衛生法の諸規定の遵守や労働者の労働時間管理や労働環境(人的環境・物的環境)の調整、労働者の健康管理に意を用いることが重要という点を理解いただけたと思います。
 なお、工場で作業をしている従業員が機械に手を巻き込まれて怪我をした場合などに労災認定がされたとか、労災が出たという話をお聞きになったことがあると思います。従業員がうつ病に陥り自殺などした場合にも、労災の話は出てきます。
 そこで今回は、労災保険と安全配慮義務との違いを説明し、労災認定基準を知り、それを遵守することが会社のリスクヘッジに重要であることを説明していきます。


1 業務災害とは
 労働者災害補償保険法により保険給付がされるのは、業務上の負傷、疾病、障害又は死亡の場合(いわゆる業務災害)と、通勤による負傷、疾病、障害又は死亡の場合(いわゆる通勤災害)ですが、ここで問題になるのは業務災害です。
 業務災害について保険給付がされるためには、その病気が「業務上発生」したことが必要です。そして、どのような場合に「業務上」発生したと言えるかという点について行政解釈や裁判例では、「労働者が使用者と支配従属の関係にあること(業務遂行性)」と、「業務と疾病との間に相当因果関係があること(業務起因性)」を必要としています。

2 安全配慮義務違反との違いについて
 安全配慮義務違反に基づく損害賠償が認められるためには、①会社に科せられている具体的な安全配慮義務に会社が違反したこと(過失)、②損害が発生したこと、③過失(義務違反)と発生した損害との間に因果関係があることが必要でした。
 他方、労災の場合には過失は不要です。因果関係は必要ですが過失が不要のため、過失との間ではなく、業務との間の因果関係となっています。このように、両者において因果関係は全く同じとは言えませんが、非常に似通っていると言えます。
 そのため、労災にて、「業務上」の認定がなされた場合は、損害賠償の請求訴訟においても、因果関係が認められる可能性は非常に高いと言えます。

 安全配慮義務違反に基づいて損害賠償を請求するためには、被災者が裁判所に対して訴状を提出し、積極的に主張・立証する必要があります。他方、労災の場合、被災者は労基署に請求書を提出し被災の状況を記載する必要はありますが、その後は労基署が会社へ資料の提出を求めたり、医師の意見を聞くなどして資料を収集してくれます。このように、被災者にしてみればいきなり裁判をするよりも、労災を申請する方がハードルは低いと言えます。

 労災申請をした結果「業務上」の傷病と認定されると、被災者には労災保険が給付されます。ただし、これにより給付される金額は訴訟で損害賠償が認められた場合の金額と異なります。例えば、怪我のため仕事を休んだ場合、休業損害が発生しますが、労災保険の場合は60%しか支給されません。また、通院慰謝料という損害も発生しますが労災では支給されません。治療を終えるも身体に後遺症が残存した場合、後遺症慰謝料という損害が発生しますが、労災の場合は後遺症慰謝料に相当する分の給付はありません。被災者が死亡した場合は、死亡慰謝料という損害が発生しますが、労災の場合は死亡慰謝料に相当する給付はありません。

 民事上の損害賠償においては、被災者にも不注意がある場合、認められた損害額から過失相殺されます。しかし、労災においては「過失相殺」という概念はありません。

3 「労災認定されない」ことが会社にとって重要であること
 2②に述べたような理由から、被災者がいきなり民事裁判を起こすことは稀で、まずは労災申請からスタートします。その結果、労災認定が下りた場合、2①で述べたように、訴訟を起こした場合に因果関係が認められる可能性が飛躍的に高まる結果、被災者は訴訟を起こすことを視野に入れます。
 加えて、2③で述べたように、労災保険で支給される金額は、訴訟で認められる損害額の一部にしか過ぎませんので、被災者としては訴訟を行うメリットもあります。逆に、最初の労災認定が下りなければ、その後裁判をされるリスクは非常に小さくなると考えます。

 労災認定が下りた後、訴訟を提起され、民事上も責任が認められた場合、発生した損害額から労災保険の分は控除されます(被災者に不注意がある場合は、過失相殺もされる)。ここで、会社としてやっかいなことがあります。それは、控除される労災保険は訴訟が終了したときまでに被災者に支給された金額を原則とするということです。
 例えば、被災者に後遺症が残存した場合は、後遺症逸失利益という損害が発生します。労災保険ではこれに対応するものとして障害補償給付というのがあります。また、被災者が死亡した場合は、死亡逸失利益という損害が発生するところ、労災保険ではこれに対応するものとして遺族補償給付が支給されます。これら労災保険給付は、一時金として支給される場合もありますが、年金として支給される場合もあります。このように年金にて支給される労災保険給付に関しては、訴訟が終了した時までに既に支給されている分については控除されますが、将来支給される金額は控除されないのです。

4 まとめ
 以上より、労災認定がなされないように労務管理をすることの重要性をご理解いただけたと思います。それでは、具体的にどのように労務管理をすれば良いのかということです。先程、法律上は、「業務上」という抽象的な文言があるのみと申し上げました。このような抽象的な文言のみを頼りに判断するとなると、判断が難しく、かつ、各労基署毎に判断が異なるという事態も起こりえます。
 そこで、迅速かつ公平な判断がなされるように、行政において具体的な判断基準を設けそれに従って労災認定行政を行っています。そして、この基準は公表されています。従って、かかる基準を理解することが重要です。

 次回は、この基準について説明したいと思います。


                                                 以 上

執筆者

富小路法律事務所 弁護士 中尾 貴則
同志社大学法学部卒業後、翌年、司法試験合格。大阪弁護士会に登録。法人企業(大企業、中小企業)に対する企業間の取引や、消費者からのクレームにまつわるトラブル、従業員とのトラブルについての相談、契約書作成・確認などの業務を行う。
2007年、富小路法律事務所設立。現在に至る。 2008年に「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」、「メンタルヘルスの法律実務入門セミナー」をメンタルグロウと共催。著作としては、労働審判法(共著)、知的財産契約の理論と実務(共著)。

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